ガラクト脂質の役割/和田・小林研究室

東京大学大学院 総合文化研究科 広域科学専攻 生命環境科学系 (兼担:理学系研究科 生物科学専攻)

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ガラクト脂質の役割

ガラクト脂質は光合成膜に特徴的な膜脂質

Galactolipid_Fig1.gif
 葉緑体は、シアノバクテリアの細胞内共生によって植物細胞にもたらされたと考えられています。実際、葉緑体の膜脂質組成は、細胞膜やミトコンドリア膜などその他の膜の脂質組成とは大きく異なっており、シアノバクテリアの膜脂質組成と非常によく似ています。細胞膜やミトコンドリア膜などではリン脂質が主要構成脂質となっていますが、葉緑体やシアノバクテリアではモノガラクトシルジアシルグリセロール(MGDG)、ジガラクトシルジアシルグリセロール(DGDG)といったガラクト脂質が膜脂質の大部分を占めています(右図、詳しくはLinkIconコチラの解説をご覧ください)。これらのガラクト脂質は、構造が単純な割に非光合成生物ではほとんど見られないため、光合成の機能に深く関与していると考えられています。私たちは、これらの光合成膜特有の糖脂質の役割について研究を行っています。光合成生物の糖脂質研究についてさらに詳しく知りたい方は、LinkIcon日本光合成学会発行の会報「光合成研究」の第19巻(第1号)9-12ページ「光合成膜ガラクト脂質合成経路の多様性」(粟井光一郎著、2009年4月)や、同第19巻(第2号)52-58ページ「高等植物におけるガラクト脂質の合成とその役割」(小林康一著、2009年8月)をご参照ください(オープンアクセスなのでどなたでもご覧いただけます)。

シアノバクテリアDGDG合成酵素の同定

Galactolipid_Fig2.gif ガラクト脂質の構造はとてもシンプルで、ジアシルグリセロールにガラクトースが1分子結合したものがMGDG、2分子結合したものがDGDGです(右図)。植物とシアノバクテリアはこのような単純な脂質を同じような組成で光合成膜に使っているのですが、面白いことに、その合成を担う酵素は全く異なっています。私たちは佐藤直樹研究室との共同研究により、シアノバクテリアでDGDGの合成を担う酵素、DgdAを新規に同定しました。また、同時期に粟井(現・静岡大助教)らによって同じ酵素が同定され、2つの独立した研究によりその重要性が証明されました。興味深いことに、dgdA遺伝子は緑藻や陸上植物には無いのですが、原始紅藻であるCyanidioschyzon merolaeの葉緑体ゲノムはこのシアノバクテリア型のDGDG合成酵素の遺伝子を持っていることが分かりました。反対に、シアノバクテリアやC. merolaeには植物型のDGDG合成酵素遺伝子は見つかりません。そのため、細胞内共生進化の過程で、シアノバクテリア型から植物独自の糖脂質合成系への入れ替えが起きたと考えられます。脂質組成を保存しながらそれを担う酵素は大きく変化してきたということで、葉緑体の進化を考える上で非常に興味深い現象です。

光合成におけるDGDGの機能解析

dgdA.gif野生株(Synechocystis sp. PCC6803)とdgdA破壊株における温度および光感受性.dgdA破壊株はどちらのストレスに対しても感受性を示す。光合成におけるDGDGの役割は、シアノバクテリアのdgdA遺伝子が発見されるまでは、シロイヌナズナのDGDG欠損変異体を用いて解析されてきました。その結果、DGDGは光化学系II複合体内での安定的な電荷分離に重要であることが明らかにされました。特に、DGDG欠損は光化学系IIのドナー側により強い影響が見られることから、DGDGは酸素発生系の反応に特に重要であることが示されました。しかし、矮小化したシロイヌナズナのDGDG欠損変異体では光合成反応系を直接解析するには限界があり、なぜDGDGがこの反応系に必要なのかは不明なままでした。そこで我々は、シアノバクテリア(Synechocystis sp. PCC 6803)のdgdA破壊株を解析することで、光化学系IIにおけるDGDGの重要性を明らかにしました。dgdA破壊株はまったくDGDGを合成しないにもかかわらず通常の条件で培養が可能ということで、光合成におけるDGDGの役割を解析するのにとても有効な材料と言えます。
 dgdA破壊株から光化学系II複合体を精製して解析したところ、酸素発生活性が大幅に低下していました。さらにこの複合体では、表在性タンパク質であるPsbU, PsbV, PsbOが光化学系IIから解離してしまっていることが分かりました。これらの表在性タンパク質は酸素発生複合体の安定化に寄与していることから、DGDGはこれら表在性タンパク質を介した酸素発生複合体の安定化に重要であることが明らかとなりました。さらに、dgdA破壊株の光化学系は強光や高温ストレスに弱く、光阻害を受けやすいことが分かりました(右図)。これは、表在性タンパク質の解離によって酸素発生系に光損傷がおこると共に損傷タンパク質の修復が遅滞することに起因すると考えています。

光合成におけるMGDGの機能

Galactolipid_Fig7.jpgガラクト脂質合成の大部分を欠損したシロイヌナズナのmgd1-2変異体は、緑化することができず、矮小なままほとんど生長せずに死んでしまう. 光合成反応におけるMGDGの機能は、実はまだ詳しく分かっていません。というのも、MGDG合成はDGDGの合成にも必須であり、これら二つの脂質でチラコイド膜脂質のおよそ80%を占めるため、MGDG合成の欠損はとても深刻で広範な影響を植物に与えてしまうからです。これまで、MGDGの含量が野生株の40%程度にまで減少したシロイヌナズナ変異体における解析から、MGDGの減少はチラコイド膜におけるプロトン駆動力の減少を引き起こし、その結果pH依存的な非光化学消光の低下につながることが示されています。この結果は、MGDGが膜間のプロトン勾配の形成・維持に重要であることを示していますが、光化学系そのものにどのような影響を与えるのかは定かではありません。シアノバクテリアにおける光化学系複合体の結晶構造解析から、系II、系Iともに、反応中心近傍にMGDG分子を含んでいることが示されていることから、光化学反応系自体に深く関わっていることが予想されます。現在、我々はシロイヌナズナのMGDG欠損変異体mgd1-2の解析を進めており、今後、光化学複合体におけるMGDGの機能を明らかにすることで、光合成生物でMGDGが主要膜脂質として広く使われている理由に迫りたいと考えています。

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