ホスファチジルグリセロールの役割/和田・小林研究室

東京大学大学院 総合文化研究科 広域科学専攻 生命環境科学系 (兼担:理学系研究科 生物科学専攻)

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ホスファチジルグリセロール(PG)の役割

光合成反応の場:チラコイド膜をつくる脂質

thy-lipid-large.gif光合成は、植物が光エネルギーを利用して水を酸化するとともに空気中の炭酸ガスを固定してでんぷんなどを合成する反応であり、地球上のほとんどの生物の生存に必要なエネルギーの源はこの光合成に由来しています。この光合成の初期過程の場は、藻類や植物の葉緑体に存在するチラコイド膜であり、この膜には光化学系2、チトクロムb6/f、光化学系1、ATP合成酵素複合体などの光エネルギーを化学的エネルギーへと変換する機能をもつタンパク質複合体(光合成装置)が存在します。また、この膜のもう1つの大きな特徴として、他の生体膜とは異なり、ガラクト脂質やスルホ脂質などの糖脂質とリン脂質の一種であるホスファチジルグリセロール(PG)が主成分であることが挙げられます。すべての光合成生物のチラコイド膜がこれらの膜脂質を主成分としていることから、これまでずっとこれらの膜脂質が光合成に必須のものと考えられてきました(ガラクト脂質についての詳細はLinkIconコチラをご参照ください)。しかし、光合成において具体的にどのような機能をもっているのか、まだよくわかっていないというのが現状です。

光合成におけるPGの重要性

pgsA_plate.jpgPG欠失変異体pgsAはPGの添加無しでは生きられないそこで、私達はチラコイド膜に唯一のリン脂質として存在するPGに注目して、この脂質がどのような生理機能を担っているのかについて解析を行っています。PGの機能の解析には、従来、チラコイド膜から精製したタンパク質を人工的に調製した脂質組成の異なる種々のリポソームに埋め込み、PG含量とタンパク質の活性との相関を調べる方法や、チラコイド膜をホスホリパーゼで処理してPGを分解し、そのときおこる光合成活性の変化を調べる方法などがとられてきました。しかし、それらの方法ではPGの機能をin vitroで調べているため、得られた知見がin vivoでの機能を直接反映しているかどうかはっきりしないという欠点がありました。そのため、私達の研究ではラン藻Synechocystis PCC6803のPG合成欠損株(PGの合成に関わっているホスファチジルグリセロールリン酸(PGP)合成酵素の遺伝子を破壊した変異株)という非常に優れた実験系を用いています。
 この変異株を用いれば、細胞内のチラコイド膜のPG 含量を変化させて、PGの機能をin vivoで解析することができます。この株はPGを全く合成できず、PGを含む培地では増殖しますが(他のリン脂質を含む培地では増殖できない)、PGを含まない培地に移すと細胞分裂にともなってPGの含有量が低下し、数回分裂した後に増殖を停止してしまいます。このことは、PGがこのラン藻の増殖に必要不可欠であることを示しています。また、培地からPGを除くとPGの含有量の低下に伴って光合成活性が低下し、PGを再添加すると活性が回復することから、PGが光合成に必要であることがわかっています。PGが光合成の初期過程のどのステップに関わっているのかについては、詳細な解析の結果、PGが光化学系2の反応中心におけるQAからQBへの電子伝達に重要な働きをもつことがわかりました。さらに、その後の解析から、この変異株は、PGを含まない培地に移すと、初期段階では光化学系2の活性のみが低下しますが、さらに長く培養すると、光化学系2に加えて光化学系1の活性も低下することがわかってきました。このとき、両活性の低下とともに、光化学系2複合体および光化学系1複合体のモノマーが蓄積します。これらの結果は、PG が光合成活性の維持に必要で、光合成装置のアセンブリーや安定化に寄与していることを示しています。今後、PG含量の変化にともなう光化学系1および光化学系2複合体のモノマーとオリゴマーの割合、光合成活性、タンパク質組成、脂質組成などの変化を総括的に分析し、PGがどのような分子機構で光合成装置のアセンブリーや安定化に寄与しているのかを明らかにすることができるものと考えています。

pgsA_activity.gifPG添加を止めると、変異体ではPG量の減少とともに光合成活性が低下していく

高等植物におけるPGの機能

pgp1.gifPG欠失シロイヌナズナpgp1は緑化が著しく阻害され、葉の形態に異常が見られる一方、高等植物であるシロイヌナズナについてもラン藻と同様の解析を行っています。まず、同植物から2つのPGP合成酵素遺伝子(PGP1及びPGP2)を同定しました。そして、PGP1遺伝子については、遺伝子が完全に破壊された2つのタグラインの分離を行いました。これらのラインのホモ植物体では、PGP1遺伝子が破壊されることにより、葉緑体でのPG合成が欠損しています。分離した2つの両ラインともホモ植物体はアルビノに近いpale greenの葉を形成し、成長にショ糖を必要とします。また、ホモ植物体は正常な形の葉を形成することができず、本葉が6、7枚できたところで成長が止まってしまいます。これらの観察結果から、PGが独立栄養成長に必須であり、葉緑体の分化や葉の形成においても重要な機能を担っていることが明らかになりました。現在、この変異株の性質をさらに詳しく調べており、それらの解析から葉緑体の分化や葉の形成におけるPGの機能がわかってくるものと考えています。

PGの光合成以外の機能

脂質修飾.gifリポタンパク質の脂質修飾の過程以上のようにPGは光合成において重要な働きを担っていますが、それ以外でも重要な働きをもつことが明らかになりつつあります。大腸菌などの細菌では、PGがリポタンパク質と呼ばれる一群のタンパク質の修飾(脂質化)に関わっていることが知られています。前駆体として合成されたリポタンパク質は、プロセシングを受けて成熟型のタンパク質になります。まず、シグナルペプチドのC末端にあるシステイン残基で脂質化(PGのジアシルグリセロール部分がシステインのSH基に結合する)を受けた後、シグナルペプチダーゼIIによってシグナルペプチド部分が切断され、さらにN末端のシステインのアミノ基にさらにアシル基が転移されて成熟型となります。リポタンパク質の機能は、ペプチドグリカンの構造維持、物質輸送、シグナル伝達など、多岐にわたっています。ラン藻ではリポタンパク質はまだ同定されていませんが、ゲノムの塩基配列からリポタンパク質をコードしていると推定される遺伝子を検索すると、Synechocystis PCC6803には約40の遺伝子が存在することが明らかになっています。このことから、ラン藻にも多くのリポタンパク質が存在し、重要な機能を担っていることが推定されます。そして、PGによる脂質修飾がその機能を発揮する上で重要な働きをもつことが考えられます。そこで、私達はリポタンパク質のプロセシングに関わっている、3つの酵素(prelipoprotein diacylglyceryltransferase, signal peptidase II, apolipoprotein N-acyltransferase)の遺伝子をSynechocystis PCC6803において同定し、それらの遺伝子産物の生化学的な解析および遺伝子の破壊株の作製を進めています。破壊株の表現型を調べることにより、リポタンパク質の脂質化を介したPGの機能が明らかになってくるものと考えています。

このように、PGはラン藻および高等植物において、大変重要な生理機能をもつことが私達の研究から明らかになってきています。

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