植物のリポ酸合成/和田・小林研究室

東京大学大学院 総合文化研究科 広域科学専攻 生命環境科学系 (兼担:理学系研究科 生物科学専攻)

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ミトコンドリアで合成される脂肪酸の生理機能に関する研究


ミトコンドリアでも脂肪酸合成がおこる

 生物の器官や組織を構成している細胞には、細胞膜をはじめとする多くの膜系が存在しますが、それらの膜系はおもに脂質とタンパク質から構築されています。脂質は、植物細胞では葉緑体などのプラスチドと小胞体、動物細胞では小胞体でおもに合成され、細胞の各部位に運ばれ生体膜の構築に利用されます。一方、脂質の主成分である脂肪酸の合成は、植物細胞ではプラスチド、動物細胞では細胞質に存在する脂肪酸合成酵素によって担われ、生体内の脂肪酸の殆どは各々のコンパートメントで合成されています。しかし、10年程前にS. Brodyらによって脂肪酸合成において重要な機能を担っているアシルキャリアープロテイン(ACP)が多くの生物のミトコンドリアにも存在することが発見され、ミトコンドリアでも脂肪酸合成が起こっているのではないかと考えられるようになり、その後の彼らの研究によって赤パンカビのミトコンドリアで少量ではありますが脂肪酸の生合成がおこることが証明されました。


ミトコンドリア脂肪酸合成の意義の探求

このミトコンドリアでの脂肪酸合成は、赤パンカビに限って起こるのでしょうか?もし、他の生物のミトコンドリアでもおこるとすると、その生理機能は何であり、なぜ細胞質やプラスチドの脂肪酸合成系とは別にミトコンドリアにも脂肪酸合成系をもつ必要があるのでしょうか?このような疑問から、私達は植物ミトコンドリアにおける脂肪酸合成について、エンドウから単離したミトコンドリアを用いてトレーサー実験によって調べました。その結果、エンドウのミトコンドリアでも脂肪酸の合成が僅かではあるがおこり、その合成にACPが関与していることを見いだしました。また、非常に興味深いことに、ミトコンドリアで合成される脂肪酸(オクタン酸)が、リポ酸の生合成に使われていることを発見しました。


リポ酸とは?

LipoicAcid2のコピー2.gifリポ酸は分子内に2個の硫黄原子を含む脂肪酸(オクタン酸)の誘導体であり、ミトコンドリアに局在する4つの酵素複合体に必須な補酵素であることが知られています。それらの酵素複合体は、ピルビン酸脱水素酵素複合体、2ーオキソグルタル酸脱水素酵素複合体、グリシン脱炭酸酵素複合体、分岐鎖ケト酸脱水素酵素複合体であり、呼吸代謝系において中心的な役割を担っています。リポ酸は、このような重要な酵素複合体の活性発現に必要不可欠な補酵素であることはよく知られていますが、真核生物の細胞のどこで、どのように生合成されるかについては、これまで殆どわかっていませんでした。
 さらに、リポ酸の生合成系を遺伝子や酵素レベルで解析するために、リポ酸の生合成に関わっているシロイヌナズナのリポ酸合成酵素(オクタン酸に硫黄原子を挿入する反応を触媒する)、リポ酸転移酵素(リポ酸をアポタンパク質に転移する酵素)、および脂肪酸合成酵素の遺伝子のクローニングを行ない、高等生物として初めてリポ酸合成に関与している酵素群の一次構造を明らかにしました。また、それらの酵素に対して作製した抗体を用いて、同酵素群が細胞内ではミトコンドリアに局在していることを明らかにしました。最近、植物ではリポ酸の合成系がミトコンドリアとは別にプラスチドにも存在することが明らかとなり、このことは、植物においてリポ酸を補酵素とするピルビン酸脱水素酵素複合体がプラスチドにも存在することを反映しているものと考えられます。

LipASynthesis.gif

今後の課題

このように私達の研究からミトコンドリアで合成される脂肪酸の生理機能、特にリポ酸の合成に利用されることが明らかになりました。しかし、なぜ細胞内の2つのコンパートメント(植物細胞の場合はプラスチドとミトコンドリア、動物細胞の場合は細胞質とミトコンドリア)で脂肪酸を合成する必要があるのか、両者間の役割分担はどうなっているのか、どのように2つの脂肪酸合成系が進化してきたのか、リポ酸の生合成以外にも使われているのか、など多くの未解明の問題がまだ残されています。現在、これらの点について解析を進めています。

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