葉緑体の発達制御と器官分化/和田・小林研究室

東京大学大学院 総合文化研究科 広域科学専攻 生命環境科学系 (兼担:理学系研究科 生物科学専攻)

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葉緑体の発達制御と器官分化

研究の目的

 八百屋に並ぶ大根の根(白い部分)は、光が当たっていても葉のように緑色にはなりません。多くの植物では、根は光合成を行なわない器官(非光合成器官)として機能し、光合成を行なう葉緑体の発達が起こらないからです。しかし、その抑制がどのような仕組みで行われているかはまだ良く分かっていません。私達は、モデル植物のシロイヌナズナを材料に、根の細胞で葉緑体の分化を抑制している仕組みの解明に取り組んでいます。

参考:
LinkIcon東京大学プレスリリース「白い根を緑に -根で葉緑体の分化を調節する仕組みを解明-」
LinkIconNature Japan 特集記事「シロイヌナズナの根が緑色にならない理由を分子レベルで解明!」

植物の進化と色素体の発達

Plastids.gif図1. 植物の進化と色素体の発達 すべての植物は、細胞内に色素体と呼ばれる特有のオルガネラを持っています。色素体は独自のゲノムを持ち分裂で増える半自律的なオルガネラで、太古の昔に細胞内共生したシアノバクテリアに起源をもちます。シアノバクテリアは植物と同じ酸素発生型の光合成を行う細菌であり、この細菌を細胞内に取り込むことで、植物は光をエネルギー源に生きられるようになりました(光独立栄養)。色素体の中でも、チラコイド膜を発達させて光合成を行うものを葉緑体といい、植物を植物たらしめる存在といっても過言でありません。実際、単細胞藻類などでは、色素体は葉緑体として専ら機能し、光合成により宿主細胞の生命活動を支えています。一方、多細胞生物の高等植物では、色素体は葉緑体だけでなく、細胞の種類に応じて様々なタイプへと分化します(図1)。
 右図のように、種子や分裂組織の未分化な細胞などでは、色素体は原色素体と呼ばれる未分化な形に退化しています。その後、植物の発達に伴い、葉などの光合成器官では葉緑体に、根などの非光合成器官では光合成する能力を持たない白色体などの色素体に分化します。また、これらの色素体の分化は一方通行ではなく、発達過程や生育環境に応じて相互に変換し得ることが知られています。その中でも、光合成によってエネルギーを獲得するためには、葉緑体の発達が必要不可欠です。しかし一方で、光合成は不完全な反応により活性酸素などを発生させ、細胞に致命的なダメージを与えるため、むやみやたらに葉緑体を発達させていいわけでもありません。適切な時に適切な組織で、適切な過程を経て葉緑体や光合成反応系は作られる必要があるのです。そのため、高等植物は光合成系の発達や葉緑体の分化を調節する仕組みを高度に発達させてきました。しかし、その制御様式は複雑で多岐にわたっており、どのように統合的に調節されているのかはまだよく分かっていません。

非光合成器官における葉緑体分化制御

 植物において、光合成を行いその産物(光合成産物)を供給する器官をソース、それらを受け取る器官をシンクとよびます。多くの植物において、水や無機養分の供給を担う根はシンクとして発達し、炭素源をソースである地上部に依存しています。シロイヌナズナの根も、通常はエネルギー源を地上部の葉に依存しており、細胞における葉緑体の分化は抑制されています。しかし、、地上部、すなわちソースを失うと、光により葉緑体の分化がシンクである根で誘導され、緑化することが私たちの研究から明らかとなりました。このことは、通常は光合成を行わない根の細胞も、環境に応じて葉緑体を分化させる能力を持っていることを示しています。

RootGreening.gif図2. 根の緑化制御とホルモンシグナルの関係 そこで、この現象を詳しく解析した結果、切除された恨の緑化が、植物ホルモンであるオーキシンの添加により抑制されることが分かりました。さらに、オーキシンの極性輸送における変異やオーキシンシグナルの変異も根の緑化を引き起こしたことから、通常は、根では地上部から輸送されるオーキシンの作用によって、クロロフィルの合成が抑制されているとことが明らかとなりました。一方、オーキシンと拮抗的に働くことが知られているサイトカイニンを添加することで、根での緑化が引き起こされること、反対にサイトカイニンレセプターの変異体では根の緑化が抑制されることも分かりました。このことから、オーキシンとは反対に、サイトカイニンは根での葉緑体分化に促進的に働くことが分かりました(図2)。

ChlGeneRegulation.gif図3. 根におけるクロロフィル合成遺伝子の発現制御.
根でのクロロフィル合成制御は、主にクロロフィル合成における鍵遺伝子の発現調節を介して行われる。HY5はクロロフィル合成鍵遺伝子の根での発現に必須の転写因子であり、光受容体の下流で、タンパク質の安定化による制御を受ける。さらに、サイトカイニンとオーキシンも、HY5の安定性に対して、それぞれ促進的、抑制的に働く。一方、GLKはクロロフィル合成鍵遺伝子の発現に必須ではないが、極めて高い誘導効果を持つ転写因子である。GLKは遺伝子発現レベルでサイトカイニン(正)とオーキシン(負)の影響を受ける。HY5とGLKはそれぞれ別々のシス配列に結合することで、クロロフィル合成鍵遺伝子の発現を直接誘導すると考えられる。
 そこで次に、これらの植物ホルモンが根での葉緑体分化を調節する仕組みについて詳しく調べました。その結果、根での葉緑体の分化には、HY5とGLKという二つの転写因子の働きが必要であり、植物ホルモンはこれらの転写因子を介して光合成に関連する多くの遺伝子を協調的に働かせることで、根の緑化を調節していることを明らかにしました。実際、HY5を欠いた変異体では根の緑化がまったく起こらない一方、GLKを人工的に過剰発現させた植物体では、根で葉緑体分化が強く誘導され、光合成による二酸化炭素の取り込みも大幅に上昇しました。さらに、最近、また別の転写因子、GNCとCGA1が根での葉緑体分化に促進的に作用することも明らかとなってきました(Chiang et al., Plant Physiol., 2012, 160: 332-348)。GNCとCGA1の変異体では葉でのクロロフィル蓄積が減少するのに対し、これらの因子の過剰発現体では根などの非光合成組織で葉緑体の分化が促進されることが示されています。これらの因子はサイトカイニンの下流で働くことが示されていることから、オーキシン/サイトカイニンシグナルの下流では、HY5、GLK、GNC/CGA1が葉緑体分化の決定に複雑に関係していると考えられます。
 以上、これらの結果から、通常は根の細胞では葉緑体の分化が植物ホルモンを介した情報伝達によって抑制されていますが、条件が整った時にはそこから脱抑制し、光合成を行う能力を発現することが明らかとなりました。オーキシンやサイトカイニンといった植物ホルモンは、組織の発達や細胞の分化に深く関わる因子として知られていますが、これらの植物ホルモンが葉緑体の分化や光合成機能の発現にも関与するという結果は、細胞分化と色素体分化の協調性を考える上で、非常に興味深いものです。さらに、この調節機構を応用することで、白色の根の細胞においても葉緑体の分化を誘導し、光合成を行わせることに成功していることから、将来的には、非光合成器官を光合成器官に機能転換させることで、植物の生産性を革新的に効率化させることが可能になるかもしれません。

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